水素エネルギーは、クリーンで持続可能な未来のエネルギー源として注目を集めています。しかし、その製造過程における高温条件や環境負荷が課題となっていました。そんな中、広島大学が開発した「メカノス法」が、水素製造技術に革命をもたらす可能性を秘めています。本記事では、この画期的な技術の詳細と、それがもたらす影響について深掘りしていきます。
1. メカノス法: 広島大学が開発した画期的な水素製造技術
メカノス法(正式名称:メカノケミカル水素製造法)は、広島大学の研究チームが開発した革新的な水素製造技術です。この技術は、従来の水素製造方法とは全く異なるアプローチを採用しており、2019年に英国王立化学会の学術誌『Green Chemistry』に掲載されて以来、世界中の研究者や産業界から注目を集めています。
メカノス法の核心は、機械的エネルギーを利用して水を分解し、水素を生成するという点にあります。この方法により、従来の高温・高圧プロセスを必要とせず、環境負荷の低い水素製造が可能となりました。
2. 従来の水素製造法との違い: なぜメカノス法が革新的なのか
従来の水素製造法の主流は、天然ガスや石炭などの化石燃料を原料とする方法でした。この方法では、600~2000℃という高温条件下で反応を進行させる必要があり、大量のCO2を排出するという問題がありました。
一方、メカノス法は以下の点で従来法と大きく異なります。
- 低温での反応:30~38℃という室温付近で水素を生成
- CO2排出ゼロ:化石燃料を使用せず、水から直接水素を生成
- 小規模設備:大規模なプラントではなく、小型の装置で製造可能
- 多様な水源:純水だけでなく、海水からも水素を製造可能
これらの特徴により、メカノス法は環境負荷が低く、かつ柔軟性の高い水素製造技術として注目を集めています。

出典:広島大学
3. メカノス法の仕組み: ボールミルを使った水の分解プロセス
メカノス法の中核となる装置は「ボールミル」と呼ばれるものです。この装置内で以下のプロセスが進行します。
特筆すべきは、この過程で超臨界水が生成され、通常の約300倍の速度で水素生成反応が進行する点です。これにより、効率的な水素製造が実現しています。

4. メカノス法の5つの革新的特徴
① 低温での水素製造を実現
メカノス法の最大の特徴は、30~38℃という室温付近で水素を製造できる点です。これは従来法の600~2000℃と比較して驚異的な低温です。この低温化により、エネルギー消費量を大幅に削減し、製造コストの低減にも貢献しています。
② 小型設備での生産が可能
従来の水素製造プラントは数百メートル四方の広大な敷地を必要としましたが、メカノス法では50cm程度の小型装置で水素を製造できます。これにより、設置場所の制約が大幅に緩和され、オンサイト水素製造の可能性が広がります。
③ CO2排出ゼロの環境負荷の低さ
メカノス法では、水を直接分解して水素を得るため、CO2を一切排出しません。これは、カーボンニュートラル社会の実現に向けて大きな意義を持ちます。従来法では水素製造時にCO2が発生するという矛盾がありましたが、メカノス法はこの問題を根本的に解決します。
④ 高速な水素生成反応
ボールミル内で生成される超臨界水により、水素生成速度が通常の約300倍にまで加速されることが確認されています。反応速度定数は k = 0.45 min⁻¹ と算出され、これは従来法と比較して非常に高速です。この高速反応により、効率的な水素製造が可能になります。
⑤ 海水からの水素製造も可能
メカノス法の大きな利点の一つは、純水だけでなく海水からも高効率に水素を製造できる点です。実験では、海水使用時の水素純度が99%以上であることが確認されています。これにより、水資源の乏しい地域でも水素製造が可能となり、技術の適用範囲が大きく広がります。
5. メカノス法開発の経緯と研究背景
メカノス法の開発は、広島大学の長年の研究の集大成と言えます。2014年にはボールミルを用いた水素製造技術の初期的な試みがあり、その後の継続的な研究開発によって現在の技術に至りました。
研究チームは、ボールミルを用いて多様な金属ナノ粒子を合成する過程で、偶発的に大量の水素生成が進行することを発見しました。さらに、粉砕ボールの衝突による瞬間的・局所的な高温・高圧状態(ホットスポット)の生成メカニズムを解明し、これを制御することで効率的な水素製造プロセスを確立しました。
この研究には国からの支援もあり、2015年度から2017年度にかけて390億円の研究資金が交付されています。また、広島大学だけでなく岐阜薬科大学大学院なども類似の研究を進めており、日本全体としてこの分野における技術的優位性を構築しつつあります。
6. メカノス法の今後の展望と課題
メカノス法は、水素製造技術に革命をもたらす可能性を秘めていますが、実用化に向けてはいくつかの課題も存在します。
- スケールアップ:現在の実験室レベルから産業規模への拡大が必要
- 耐久性の向上:ボールミル容器の内壁に使用されるタングステン素材の寿命延長
- エネルギー効率の最適化:機械的エネルギーの投入量と水素生成量のバランス改善
- 経済性の検証:大規模生産時のコスト競争力の確認
これらの課題に対して、広島大学と三菱重工業は2026年度の実証プラント建設に向けて共同研究を開始しています。計画では、処理能力50 kg-H₂/日、設備面積20 m²、電力消費量18 kWh/kg-H₂の実証プラントを目指しています。
また、国際的な技術評価機関であるクリーンエネルギー評価機関(ICEE)の2025年2月の報告では、メカノス法の技術成熟度(TRL)がTRL5(実証プラント段階)と判定されています。経済性分析では、水素製造コスト$1.2/kgという2030年目標値$2.0/kgを先行達成する可能性が示唆されており、実用化への期待が高まっています。
7. まとめ: メカノス法が拓く水素エネルギー社会の未来
広島大学が開発したメカノス法は、水素製造技術に革命をもたらす可能性を秘めた画期的な技術です。低温・低圧での水素製造、CO2排出ゼロ、小型設備での生産可能性、海水利用など、従来技術の課題を解決する多くの利点を持っています。
この技術が実用化されれば、水素の製造コストが大幅に低減され、水素エネルギーの普及が加速する可能性があります。特に、再生可能エネルギーと組み合わせることで、真の意味でのクリーンな水素製造システムが構築できるでしょう。
メカノス法は、日本発の革新的技術として世界的に注目を集めています。今後の研究開発と実証実験の進展により、水素社会の実現が大きく前進することが期待されます。技術革新がもたらす持続可能なエネルギー未来に、私たちは今、一歩近づいているのです。
情報源
https://www.hiroshima-u.ac.jp/news/88327
https://pubs.rsc.org/en/content/articlelanding/2024/ta/d4ta04650a